沿革
1.高校を卒業してから経営を引き継ぐまで
高校卒業・ニュージーランドへ
2003年、憧れの海外生活をするためニュージーランドへ酪農ホームステイ研修留学へ。
それまで育成牧場を経営している家業に全く興味がなかったのが、この研修で初めて酪農を「魅力がありやりがいがある仕事だ」と知った。
帰国し家業の手伝い
帰国後、実家の育成農場を手伝い始める。
2004年、まだ若干20歳でありながら、育成とは別に搾乳の酪農を始めるため廃業した酪農家の物件を購入し育成とは別に50頭の搾乳酪農を開始する。
経営の危機
すぐに20頭を増頭し70頭とするも、世の中は生乳供給が飽和状態となり、生産調整が始まる。
増頭(=投資)後いきなりの搾乳の減産をしなければならなくなると当時に、当然の流れで育成部門の需要が大幅に減り、経営が一気に傾いてゆく。
状況を打破するべく一念発起。
育成部門から撤退と同時に私が経営を引き継ぎ、経営回復を目指す。
2.経営を引き継いでから法人化まで
周囲の反対と批判の中で
「女の子なのになぜそこまで!?」周囲から反対や批判を受けながらも固い決意で経営に臨む。
「この仕事で作った借金はこの仕事で返す」
「女の子一人でも親を食べさせていく」
2011年、多額の負債を抱えた状態で27歳女性経営者をスタートさせた。
国の制度を活用し
「畜産特別資金」の融資制度を活用しながら、経営の改善に取り組む。
「酪農は毎日同じ作業をしっかりと繰り返す仕事。
この特徴を生かし、悪いところを見つけ出し、そこを改善すれば必ず状況を変えることができる。」
と自ら問題点を見つけ出し解決のために更なる投資を実行。
本当に後がない「崖っぷち」の状態まで行きつく。
毎日の地道な努力と大きな決断
問題点は改善され、現場の状況は好転するも、それですぐに利益に反映されるものではない。
数字は少しづつはよくなるが、すぐに黒字まではとどかない。
それでも必ず黒字化すると心に誓い、信じる方法で地道に毎日の作業をやり続けていく。
父のころから働いてくれている信頼できる大先輩の従業員の方も本当に一所懸命サポートしてくれました。
3.法人化から現在まで
そして未来へ!
2016年
地道な努力をひたすらと続け、 経営を引き継いでから5年目の2016年、ついに黒字化を実現!
しかし、そこで安心せず休む暇なく「いかに優良経営を存続させるか」を今から考える必要がある。
この先長期的にみると、今は安心する時ではなく、将来必ず必要になる施設の更新のことを計画しなければならない。
その時にさらに融資を受ける為に金融機関の信用を得るには繰上償還と増産が必要であると考え
またそこへ向けて進むスタートをきる。
2017年・2019年
新たなスタートをきったばかりの2017年、経営移譲をしてくれた父が他界。
文字通りまさにたった一人で進むことになる。
2019年、予定を大幅に上回る繰上償還を果たし、クラスター事業の認定を受け新たな牛舎、ロボット導入など大型投資を実施。
軌道に乗り始めたところで安住せずに、更に挑戦を仕掛けました。
2021年
いつのまにか応援してくれる人たちが増え、周りには頼れる仲間たちが増えてきました。
経営は一人でも、信頼できるパートナーたちとこれからも進み続けます。
そしてまた、ここへきて育成開始を計画。
更なるステップアップのために、新たな事業の始まりです!